松本旅行記 その3 小説風




試合が始まった。

スタジアムに割れんばかりの声援が飛び交う。

時刻は午後6時。

日が西のアルプスへと隠れていき、空を闇が少しずつ覆う。

しかしその闇を払うかのように、ゴール裏を中心に緑のサポーター達は歌い飛び跳ねる。

試合は一進一退の攻防を繰り広げ、惜しいシーンや危ないシーンも生まれた。

攻めて、守って、攻めて、守って。

両軍の選手がピッチを縦横無尽に駆ける。

今日は1点勝負になりそうだ。

そう感じた前半終わりに試合は動いた。

相手がペナルティーエリア内でハンドを犯し、それが2枚目のイエローカードとなり退場となった。

そしてPKを得た。

一気に湧き上がるスタジアム。

前半終わりの、まさに点が欲しい時間帯だ。

祈る。祈る。スタジアムに一瞬の静寂が訪れる。

右足から放たれたボールは、ゴールの左隅へ。

相手キーパーも左へ飛んでいる。

読まれたか!?



しかしボールはキーパーの手を弾きながら左隅へ力強く突き刺さった。


地鳴りのような歓声が沸き起こる。

欲しかった先制点が生まれた。

気付けば周りの人とハイタッチを重ね、タオルマフラーを振り回していた。


興奮の渦が醒めない中、試合は再開した。

そしてそのまま前半が終わった。

欲しかった時間帯での先制点。

しかも相手は1人退場者を出している。

条件は圧倒的に有利な状況だ。




ただ少し、違和感を感じた。




そしてその違和感が確信に変わるのに、時間はさほどいらなかった。











後半が始まった。

相手が1人少ない状況である。

見ていた人達の頭の中に、どこかその思いがあったかもしれない。



「今日は勝ったな」



応援をしてる時に感じた違和感が確信に変わりかけた時、試合が動いた。

ペナルティーエリア内で相手選手のドリブル突破を阻止しようとしたディフェンスの足が、ボールではなく相手の足に掛かり倒してしまった。

主審は笛を吹きPKの位置を指差した。


静まり返るスタジアムの一角で脇立つ相手のサポーター。





感じた違和感は気の緩みであった。

有利な状況下の中で、どこか驕った部分が出たのかもしれない。

サッカーというスポーツにおいて、人数の差はとても大きい。

故に、1人が欠けてしまうと、チームは成り立たなくなる場合が多い。

それを知っているからこそ、どこかでこの試合は勝ったと、緩んでいたのかもしれない。

先制点を取るまでと、取った後の周りの雰囲気の差を感じ取れたのだ。

だからと言ってそれが試合に直結するとは限らないし、後付けかもしれない。

しかし、結果として感じた違和感と、その後の結果が結びついてしまったのだ。

選手が緩んでいたのか、それを計り知ることは出来ないが、少なくとも、自分が立っていたゴール裏の応援席は、そういう空気が漂っていた。




PKを決められた後、1人少ない相手に、立て続けに失点を許した。

2点目はコーナーキックからのヘディングシュート。

3点目は、ディフェンスのパスミスを取られ、キーパーと1対1の状況で決められた。

1人少ない時に、これしかないという点の取り方だった。


時計の針が45分へ近付く毎に、スタジアムを後にするサポーターの姿が目に付いた。

これ以上の見込みを諦めたのか、はたまた帰りの渋滞を考慮したのか。

そういった人たちを引き止める事も出来ぬまま、主審の長い笛で試合は終わった。


前節の上位対決に続いての連敗である。

うなだれる選手やスタッフ。

重い空気が漂うスタジアム。

前節、試合終了間際にフリーキックを決められ敗戦。

そして今節。1人少ない相手に逆転負けを喫した。

首位を走るチームとはいえ、ダメージはあまりにも大きい。

選手がピッチを周りながらサポーターへ挨拶をする。

その表情はどこか暗い。

サポーターも拍手で迎える人もいれば、辛辣な言葉を浴びせる人もいる。

ゴール裏へ挨拶に来た時、一部は大きなブーイングで出迎えた。

ブーイングの良し悪しはSNSなどで毎回議論される。

かくいう自分が応援するチームは、良し悪し含めブーイングとは切っても切れない関係にある。


選手は一生懸命戦っている。

わかっている。

だからこそ、結果を求めてしまう。

その意に反する結果は、受け入れることが出来ない。

ブーイングはその意思表示なのだ。


選手もわかってる。

きっと悔しいはずだ。

だからこそ、前を向いて次へ向かってほしい。

ブーイングの中に響く拍手は、そんな願いを込めているのかもしれない。









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試合が終わり、周りの人が居なくなっていく中で、ぼんやりとピッチを眺めた。

今日の光景が、見つめるピッチと重なって見えた気がした。


自分が好きなこのチームは、少し変わってしまったのかなと、ふと思った。


J2からJ1へ昇格して、1年ですぐ降格した。

J1は毎試合とても厳しい戦いだった。

悔しさなんて、今の倍以上味わったかもしれない。

それでも、みんなが愛するチームを応援し、なにより楽しんでいた。

だからその姿に惹かれた。



しかし、降格してから、上位争いを繰り広げるも寸前で自動昇格を逃し、プレーオフで涙を飲み、次こそはと臨んだ昨年はプレーオフ圏内にも入らなかった。

上位争いを出来る力があることに反する伴わない結果は、愛するチームと共にサッカーを楽しむといった気持ちを少しずつ忘れさせていったのかもしれない。


人は現状に満足できない性質を持つ。

現状維持は、長く続ける事に対する息苦しさを感じさせてしまう。

もっと上へ。

その思いと現実が伴わない時、人は心を乱す。


順調に行っていたものが、ここに来て足踏みをし、滞ってしまった。

勝ち点差、残り試合数、ライバルチームの動向、怪我人、優勝争い、そして昇格。

いろんな感情に包まれた今この時、思い出してほしい。

どんな時でもここにいて、愛を込めて好きだと叫ぶその姿を。




自分は1番に応援する本命チームがある。

今回は言うならば2番目に応援しているチームに対する思いだ。

2番目のくせに偉そうに。

そう思われても仕方がない。

ただ、2番目だからこそ、客観的に見ることが出来る。

自分が惹かれ、好きになった緑のチームは、試合の結果に関わらず、サポーターが心からサッカーを楽しんでいる姿があったからだ。

それが信州松本のフットボールだと、思ったからだ。


難しいかもしれない。

それでも、自分が好きな緑のチームは、心からサッカーを楽しむ、そんなチームであり続けてほしい。








怪我人も多い。出続けてる選手も疲労困憊だ。

上にいれば当然、相手は多くの対策をしてくる。

厳しい戦いが続く。

楽な試合など1つもない。

それでも、このチームがアルウィンでシャーレを掲げ、来年自分の愛するチームと再び合間見える事を、信じて疑わない。







共に走れ。

共に戦え。

勝利を、そして優勝と昇格を目指し。

突き進め緑の勇者達。





松本旅行記 完    次章 あとがき