松本旅行記 その2 小説風
静かに耳元で振動するスマホが、心地よい眠りの世界から現実の世界へと引き戻した。
マナーモードにしていたアラームに起こされ、ベッドから立ち上がり、二、三度体を伸ばす。
「よし」
誰に言うでもなく、そう一言声に出し、身支度を済ませ、宿からすぐの場所にあるバスターミナルを目指す。
県外各方面へと向かう、またはやってくるバスを横目に、二列に並ぶたくさんの緑のユニフォームの列の最後尾に歩み寄る。
これから目指すスタジアムへは、このバスターミナルからシャトルバスに乗る。
窓際の席に着き、出発を待つ。
「お隣失礼します」
若い女の子がとなりに座る。
自分は1人。空いていれば当然相席になる。
頭を軽く下げ、再び窓の外へと視線を移す。
バスがゆっくりと動き出し、駅前から郊外へと走る。
あっという間に辺り一面は田んぼの風景が続いた。
隣の女の子は学生だろうか。膝元に置いた英語の単語集が目に入る。
こんな場所でも出来る勉強をする彼女に、自分ならやらないという気持ちから来る敬意を払いつつ、田んぼの先に連なる山々を眺める。
吸い込まれそうな青い空の元、風に吹かれ、まるで生きているかのように揺れる稲の波が、今にも自分に襲いかかってくるのでは。
そんな事を考えている内にバスはスタジアム近くの駐車場に到着した。
人の波に身をまかせるように、緩やかな坂を登っていく。
※ここで旬菜花さんやフォロワーさんとのやりとりがあるのですが、それはまた別章で書きます。先日はありがとうございました。
スタジアムの入り口が近付く。
やっと辿り着いた。
そんな思いを馳せ、入り口から中へと入った。
何回も来ているのに、その景色を観ると、思わず息を呑む。
近くに空港があるため、グラウンドは地面より10メートル低くなっている。
陸上トラックの無い、正真正銘の球技専用スタジアムだ。
変わらない景色。だけど毎回違って見える。
そんな不思議な気持ちになる場所。
それがアルウィンである。
スタンド上部に空いている場所を見つけ、荷物を置いて一息つく。
これから始まる試合を前に、スタジアムは幾分かの静けさと、目に見えぬ熱気を帯びていた。
もうすぐ始まる。
胸が熱くなるのを覚えながら、ひとまず腹ごしらえに外へ出る。
見渡す限りの緑のユニフォーム。
もちろん自分もその一員なのだ。
同じユニフォームの仲間たちに頼もしさを感じつつ、お目当ての店へと並び、舌鼓をうつ。
もしこの世に平和な世界があるとするのなら、それはサッカーの試合前のフードエリアではないのか。
食べ物というのは、時に人を幸せにし、時に人を不幸に貶める。
食べ物の恨みは怖いとはよく聞く言葉で、人類の歴史の争いも、元を辿れば食べ物が関係するものが多い。
人間が生きていく上で最も大切なもの。
もしここに食べ物が無かったら、、、
ふと考えが脱線して、意図せぬ方へと行きかける。
いつもよりテンションが高いのか、自分でもよくわからない。
ただ、少なくとも今この目の前には、たくさんの人が笑顔で食事を楽しみ、幸せが溢れている。
自分は目の前に広がる幸せな風景を眺めながら、残りの煮干しラーメンを一気に胃袋へと掻き込んだ。
松本旅行記 その2 おわり その3へ続く